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【企業法務コラム】カスハラ指針案に見る「正当な権利」との境界線 ~消費者・障害者団体の懸念は、指針にどう反映されたか~

「正当なクレーム」を巡る議論の背景

令和7年秋、厚生労働省の労働政策審議会において、消費者団体および障害者団体に対するヒアリングが集中的に行われました。
「カスハラ対策の法制化・義務化」は従業員を守るために不可欠ですが、その一方で「正当なクレームや、障害者の切実なSOSまでもが『カスハラ』として切り捨てられるのではないか」という懸念が、当事者団体から相次いで出されました。

令和8年(2026年)1月20日に公表された「指針案」には、こうした意見も反映されています。
本コラムでは、団体から出された具体的な意見と、それが指針案のどの条項に反映されたのかを紐解きながら、企業実務への影響を解説します。

消費者団体からの意見:正当な苦情まで「カスハラ」扱いされることへの危惧

消費者団体からは、以下のような懸念が示されました。

  • 「苦情・クレーム」=「カスハラ」という誤った認識が広まれば、消費者が正当な権利(意見申し出)を行使できなくなる。
  • 企業が「カスハラ対策」を口実に、耳の痛い意見をシャットアウトする(対応努力を怠る)ことを避けるべき。

これらの意見も踏まえ、指針案では「カスハラ」と「正当なクレーム」を明確に区別する規定が盛り込まれました。
「顧客等からの苦情の全てが職場におけるカスタマーハラスメントに該当するわけではなく、客観的にみて、社会通念上許容される範囲で行われたものは、いわば正当な申入れであり、職場におけるカスタマーハラスメントには当たらない。」(指針案2(1)) 

障害者団体からの意見:「合理的配慮」の要求は、わがままや迷惑行為ではない

障害者団体からは、現場での切実な対立構造が報告され、障害者差別解消法の趣旨に沿った対応がなされるよう要望されました。

  • 障害特性(声の大きさの調整が難しい、理解のために繰り返し確認が必要など)が、「威圧的」「執拗」としてカスハラと誤認されるリスクが高い。
  • 障害者差別解消法に基づく「合理的配慮」を求める行為(筆談の要求や、移動の介助依頼など)は権利であり、これをカスハラとみなさないよう明記してほしい。
  • 「建設的対話」の重要性を記載してほしい。配慮の提供が難しい場合でも、対話を通じて落としどころを探るプロセスが必要であり、それを「要求の繰り返し」として拒絶しないでほしい。

それも踏まえ、指針案には、障害者の権利について具体的かつ詳細な条項が追加されました。

まず、カスハラの定義の直後に、以下の記述が入りました。
「障害者から労働者に対して、障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律で禁止されている不当な差別的取扱いをしないよう求めることや、社会的障壁の除去を必要としている旨の意思を表明すること自体は、職場におけるカスタマーハラスメントには当たらず、同法に基づき、その実施に伴う負担が過重でないときは、社会的障壁の除去の実施について必要かつ合理的な配慮をしなければならないことに留意が必要である」(指針案2(1))

また、事業者が講ずべき措置の冒頭部分にも、以下の留意事項が記載されました 。
「職場におけるカスタマーハラスメント対策を講ずる際は、消費者法制により定められている消費者の権利や、障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律において、障害を理由とする不当な差別的取扱いの禁止や合理的配慮の提供義務が定められていることに留意する必要があり、同法に基づく「障害を理由とする差別の解消の推進に関する基本方針」に即して主務大臣が各所掌分野ごとに定める事業者が適切に対応するために必要な指針、内閣府がホームページ等に掲載する合理的配慮の提供等に係る障害特性に応じた事例等(以下「対応指針等」という。)も参考にして、顧客等との建設的対話を重ねるなど、事案に応じて適切に対応する必要がある」(指針案4冒頭)

ここでは、障害者差別解消法の重要概念である「建設的対話」という言葉がそのまま採用されています。
建設的対話は、要求を単に拒絶するのではなく、対話によって解決策を探る姿勢を事業者に求めるものです。

企業実務への影響:マニュアルと研修のアップデート
今回の指針案により、事業者が作成する「カスハラ対応マニュアル」には、新たな視点が不可欠となりました。

(1)「障害特性」を理解するための研修が必要
障害者団体からは「従業員に対する障害特性の理解促進研修」を求める声が多く上がりました。
指針案でも、望ましい取組として、消費者の心理や障害特性への理解を深めるための研修等が挙げられています。
現場の従業員が「大きな声=威圧」と即断せず「聴覚障害によるものかもしれない」といった想像力を持てるかどうかも、カスハラ対応の重要なポイントとなります。

(2)「合理的配慮」と「過剰な要求」の線引き基準
指針案は、合理的配慮の要求自体はカスハラではないとしましたが、「過重な負担」(事業者の体力や人員体制を超えた要求)がある場合は、断ることが可能です。
しかし、その断り方は「一律拒否」ではなく、「建設的対話」による代替案の提示でなければなりません。
事業者のマニュアルでは、「何が過重な負担か」の基準を現場任せにせず、具体的に定めておく必要があります。

まとめ
今回の指針案は、労働者を守るという「盾」の機能を強化しつつ、消費者や障害者の正当な権利を不当に損ねることがないよう、慎重なバランス調整が行われた内容となっています。

事業者としては、「とにかく強い態度で断ればよい」という単純なカスハラ対策ではなく、「正当な権利行使には誠実に向き合い(建設的対話)、不当な攻撃には毅然と対応する」という、高度な判断力が現場に求められることになります。

令和8年10月の施行に向け、就業規則や対応マニュアルの見直しを進める際は、これら消費者・障害者の視点も忘れないことが大切です。

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